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時空の摂動の一般論
ここでは、メトリックテンソル\(g_{\mu \nu}\)の摂動の一般論について考えていきましょう。 平均値からの微小なズレを摂動の一次として扱う場合、摂動量が満たす方程式は線形となり、重ね合わせの原理を用いることができます。 したがって、フーリエモードで展開し、各モードの振る舞いを調べれば良いでしょう。 簡単のため、摂動量は波数ベクトルが\(z\)軸方向を向いた平面波で展開します。 メトリックの摂動は、固有距離を用いて一般に以下のように書けます。
\[ds^2 = - (1+2A) c^2 dt^2 - 2B_i cdt dx^i + \{(1+2D) \delta_{ij} + 2E_{ij}\} dx^i dx^j \tag{1}\]対応するメトリックテンソルを行列で書くと
\[(g_{\mu \nu}) = \left( \begin{array}{cccc} -(1+2A) & - B_1 & -B_2 & -B_3 \\ -B_1 & 1 + 2D + 2 E_{11}& 2E_{12} & 2E_{13} \\ -B_2 & 2 E_{21}& 1+2D+2E_{22} & 2E_{23} \\ -B_3 & 2 E_{31}& 2E_{32} & 1+2D+2E_{33} \end{array} \right) \tag{2}\]のようになります。 ここで\(A\)をラプス関数(lapse function)、\(B^i = (B_1, B_2, B_3)\)をシフトベクトル(shift vector)と呼びます。 \(E_{ij}\)はメトリックの摂動の空間成分のトレースレス成分です。 \(g_{\mu \nu}\)の逆行列、\(g^{\mu \nu}\)を求めましょう。 そのために、\(g_{\mu \nu} = \eta_{\mu \nu} + h_{\mu \nu}\)のように、摂動部分を\(h_{\mu \nu}\)と書くことにすると
\[\begin{align} &g^{\mu \nu} = \eta^{\mu \nu} + h^{\mu \nu} = g^{\mu \alpha} g^{\nu \beta} (\eta_{\alpha \beta} + h_{\alpha \beta}) = (\eta^{\mu \alpha} + h^{\mu \alpha}) (\eta^{\nu \beta} + h^{\nu \beta}) (\eta_{\alpha \beta} + h_{\alpha \beta}) \notag \\ \hspace{3em} &\simeq \eta^{\mu \nu} + 2 h^{\mu \nu} + \eta^{\mu \alpha} \eta^{\nu \beta} h_{\alpha \beta} = g^{\mu \nu} + h^{\mu \nu} + \eta^{\mu \alpha} \eta^{\nu \beta} h_{\alpha \beta} \notag \\ &\Longrightarrow \ h^{\mu \nu} = - \eta^{\mu \alpha} \eta^{\nu \beta} h_{\alpha \beta} \tag{3} \end{align}\]となります。 この式から、(2)式の逆行列は
\[(g^{\mu \nu}) = \left( \begin{array}{cccc} -(1-2A) & -B_1& -B_2 & -B_3 \\ -B_1 & 1-2D-2E_{11} & -2E_{21} & -2E_{31} \\ -B_2 & -2E_{12} & 1-2D-2E_{22} & -2E_{32} \\ -B_3 & -2E_{13} & -2E_{23} & 1-2D-2E_{33} \end{array}\right) \tag{4}\]のようになります。
波数ベクトル(今の場合は\(z\)軸)を軸とした座標回転に対する摂動量の変換性から、\(h_{\mu \nu}\)を既約分解することができます。 無限小回転に対して不変な量を、スピンがゼロの摂動、あるいはスカラーモードと呼びます。 座標を一回転したときに元に戻る回数が一回となる摂動を、スピンが1の摂動、あるいはベクトルモードと呼びます。 そして座標を一回転したときに元に戻る回数が二回となる摂動を、スピンが2の摂動、あるいはテンソルモードと呼びます。
\(z\)軸周りに角度\(\theta\)だけ座標を回転する変換\(\Lambda\)、およびその逆変換\(\Lambda^\top\)は
と書かれます。 この座標変換を\(h_{\mu \nu}\)に適用しましょう。 ただし、いきなり全ての成分に適用するのは難しいため、\(A, B, C, D\)それぞれに分けて考えることにします。
ラプス関数 \(A\) と \(D\)
まずは
\[(h_{\mu \nu}) = \left( \begin{array}{cccc} 2A & & & \\ & & & \\ & & \mathbf{0} & \\ & & & \end{array} \right) \tag{6}\]についてです。 これに対して\(\Lambda^\top (h_{\mu \nu}) \Lambda\)を計算すると
\[\Lambda^\top (h_{\mu \nu}) \Lambda = \left( \begin{array}{cccc} 2A & & & \\ & & & \\ & & \mathbf{0} & \\ & & & \end{array} \right) = (h_{\mu \nu}) \tag{7}\]のようになり、回転しても変化ないことがわかります。 よってこの\(A\)はスカラーモードです。
今度は
についてです。 同様に計算を行うと
\[\Lambda^\top (h_{\mu \nu}) \Lambda = (h_{\mu \nu}) \tag{9}\]となり、\(D\)もスカラーモードであることがわかります。
シフトベクトル \(B\)
続いてシフトベクトルのうち、波数ベクトルに垂直な成分、すなわち
\[(h_{\mu \nu}) = \left( \begin{array}{cccc} 0 & B_1& B_2& \mathbf{0} \\ B_1 & & & \\ B_2 & & \mathbf{0} & \\ 0 & & & \end{array} \right) \tag{10}\]について考えましょう。 すると
\[\begin{align} \Lambda^\top (h_{\mu \nu}) \Lambda &= \Lambda^\top \left( \begin{array}{cccc} 0 & B_1 \cos \theta - B_2 \sin \theta & B_1 \sin \theta - B_2 \cos \theta & 0 \\ B_1 & & & \\ B_2 & & \mathbf{0}& \\ 0 & & & \end{array}\right) \notag \\ &= \left( \begin{array}{cccc} 0 & B_1 \cos \theta - B_2 \sin \theta & B_1 \sin \theta - B_2 \cos \theta & 0 \\ B_1 \cos \theta - B_2 \sin \theta & & & \\ B_1 \sin \theta - B_2 \cos \theta & & \mathbf{0} & \\ 0 & & & \end{array}\right) \notag \\ &= \left( \begin{array}{cccc} 0 & B_1' & B_2' & 0 \\ B_1' & & & \\ B_2' & & \mathbf{0}& \\ 0 & & & \end{array}\right) \tag{11} \end{align}\]のようになります。 途中\(B_1' = B_1 \cos \theta - B_2 \sin \theta, B_2' = B_1 \sin \theta - B_2 \cos \theta\)と置きました。 \(B_1', B_2'\)は\(\theta = 2\pi\)で元に戻ることから、これはベクトルモードであるとわかります。
そして、シフトベクトルのうち波数ベクトルに平行な成分のみ、すなわち
に対しては
\[\Lambda^\top (h_{\mu \nu}) \Lambda = (h_{\mu \nu}) \tag{13}\]となることから、\(B_3\)はスカラーモードとなります。
\(E\)
一般の場合を分類するのは難しいため、ここでは以下のようにトレースレスであるとします。
\[E_i^i = E_{11} + E_{22} + E_{33} = 0 \tag{14}\]このとき、当然ながら一般には\(E_{11} \neq E_{22}\)ですが、これらを以下のように変形しましょう。
\[E_{11} = E + E_+, \quad E_{22} = E - E_+ \tag{15}\]このようにすると、(14)式から
\[E_{33} = -2E \tag{16}\]のように求まります。 よって\(E_{ij}\)を行列の形で書くと
\[\begin{align} (E_{ij}) &= \left( \begin{array}{ccc} E+E_+ & E_{12} & E_{13} \\ E_{21} & E-E_+ & E_{23} \\ E_{31} & E_{32} & -2E \end{array}\right) \notag \\ &= \underbrace{\left( \begin{array}{ccc} E & & \mathbf{0} \\ & E & \\ \mathbf{0}& & -2E \end{array}\right)}_{スカラーモード} + \underbrace{\left( \begin{array}{ccc} \mathbf{0} & & E_1 \\ & & E_2\\ E_1& E_2 & 0 \end{array}\right)}_{ベクトルモード} + \underbrace{\left( \begin{array}{ccc} E_+ & & \mathbf{0} \\ & -E_+ & \\ \mathbf{0}& & 0 \end{array}\right)}_{テンソルモード} + \underbrace{\left( \begin{array}{ccc} 0 & E_\times& \\ E_\times & & \\ & & \mathbf{0} \end{array}\right)}_{テンソルモード} \tag{17} \end{align}\]のように分解されることがわかります。 途中、メトリックの対称性から\(E_{12} = E_{21} = E_\times, E_{13} = E_{31}= E_1, E_{23} = E_{32} = E_2\)のように置きました。 分解されたそれぞれに対して\(\Lambda^\top (E_{ij}) \Lambda\)を計算すると、それぞれスカラーモード、ベクトルモード、そして最後の2つがテンソルモードであることを確かめることができます。
第3成分(\(z\)成分)がないことからわかるように、2つのテンソルモードは横浪です。 スカラー・ベクトル・テンソルモードは独立なモードであり、線形で扱える範囲においては、これらが互いに影響しあうことはありません。
なぜトレースレスを考えるのか、なぜトレースレスに変換できるのかなどについては別のページで学ぶことにします。
参考文献
[1] Thorne & Blandford, “Modern Classical Physics: Optics, Fluids, Plasmas, Elasticity, Relativity, and Statistical Physics”
[2] Hartle, “Gravity: An Introduction to Einstein’s General Relativity”