Table of contents
  1. ジーンズ不安定性
    1. 問題設定
    2. 基礎方程式の線形化
    3. 分散関係式とジーンズ波長
    4. 直感的な理解
    5. 大雑把な計算
    6. 応用: 輻射優勢期の宇宙でのゆらぎの成長について
  2. 参考文献

ジーンズ不安定性

宇宙空間には、主に水素を成分とするガスが存在します。そのガスが自己重力で集まることにより、恒星や銀河といった構造が生まれます。ここでは、どれくらいの質量や大きさのガスの塊が自己重力で収縮するのかを見積もるのに使われるジーンズ不安定性(Jeans instability)についてメモしています。

問題設定

無限に一様に広がって静止している流体を考えましょう。このとき系は平衡状態にあり、その時の密度・圧力・速度場、そして自己重力場をそれぞれ

\[\rho = \rho_0 (定数), \quad P = P_0 (定数), \quad \mathbf{v} = \mathbf{v}_0 = \mathbf{0}, \quad \Phi = \Phi_0 (定数)\]

とします。これらは流体の基礎方程式

\[\frac{\partial \rho_0}{\partial t} + \nabla \cdot (\rho_0 \mathbf{v}_0) = \frac{\partial \rho_0}{\partial t} = 0 \tag{1}\] \[\frac{\partial}{\partial t} (\rho_0 \mathbf{v}_0) + \nabla \cdot (\rho_0 \mathbf{v}_0\mathbf{v}_0) = - \nabla P_0 - \rho_0 \nabla \Phi_0 = - \rho_0 \nabla \Phi_0 = \mathbf{0} \ \Longrightarrow \ \nabla \Phi_0 = \mathbf{0} \tag{2}\] \[\nabla^2 \Phi_0 = 4\pi G \rho_0 \tag{3}\]

を満たしています。ここに微小な摂動が加わり、物理量がそれぞれ

\[\rho = \rho_0 + \rho_1, \quad P = P_0 + P_1, \quad \mathbf{v} = \mathbf{v}_0 + \mathbf{v}_1 = \mathbf{v}_1, \quad \Phi = \Phi_0 + \Phi_1 \tag{4}\]

に変化したとしましょう。またこの摂動は断熱的に起こるものとすると

\[P = K \rho^\gamma \ \Longrightarrow \ K = \frac{P_0}{\rho_0^\gamma} = \frac{P_0 + P_1}{(\rho_0+\rho_1)^\gamma} \simeq \frac{P_0 + P_1}{\rho_0^\gamma} \left( 1- \gamma \frac{\rho_1}{\rho_0}\right) \simeq \frac{P_0}{\rho_0^\gamma} + \frac{P_1}{\rho_0^\gamma} - \gamma \frac{P_0}{\rho_0^{\gamma+1}} \rho_1\]

のようになります。途中、\(\rho_1/ \rho_0\)の1次まででテイラー展開を行い、さらに微小量\(P_1\)と\(\rho_1\)をかけあわれたものは無視しました。これより

\[P_1 = \frac{\gamma P_0}{\rho_0} \rho_1 = C_s^2 \rho_1 \tag{5}\]

となります。\(C_s=\sqrt{\gamma P_0 / \rho_0}\)は音波の伝播速度である音速です。今は\(\rho_0, P_0\)ともに一様なので、この音速の値も定数となります。

基礎方程式の線形化

それでは基礎方程式を、微少量の1次まで考える線形化を行いましょう。連続の式より

\[\begin{align} &\frac{\partial \rho}{\partial t} + \nabla \cdot (\rho \mathbf{v}) = \frac{\partial }{\partial t} (\rho_0 + \rho_1) + \nabla \cdot (\rho_0 \mathbf{v}_1 + \underbrace{\rho_1 \mathbf{v}_1}_{微少量}) = \frac{\partial \rho_1}{\partial t} + \nabla \cdot (\rho_0 \mathbf{v}_1) \notag \\ &\underbrace{=}_{\rho_0=定数} \frac{\partial \rho_1}{\partial t} + \rho_0 (\nabla \cdot \mathbf{v}_1) = 0 \tag{6} \end{align}\]

続いて運動量保存の式を線形化しましょう。

\[\begin{aligned} &\frac{\partial }{\partial t} (\rho_0 \mathbf{v}_1 + \underbrace{\rho_1 \mathbf{v}_1}_{微少量}) + \nabla \cdot \{ (\rho_0 + \rho_1) \underbrace{\mathbf{v}_1 \mathbf{v}_1}_{微少量}\} \underbrace{=}_{(1)} \rho_0 \frac{\partial \mathbf{v}_1}{\partial t} = - \nabla (P_0 + P_1) - (\rho_0 + \rho_1) \nabla (\Phi_0 + \Phi_1) \notag \\ &\underbrace{=}_{P_0 = 定数} - \nabla \underbrace{P_1}_{(5)} - \rho_0 \overbrace{\nabla \Phi_0}^{(2)} - \rho_0 \nabla \Phi_1 - \rho_1 \underbrace{\nabla \Phi_0}_{(2)} - \overbrace{\rho_1 \nabla \Phi_1}^{微少量} = - C_s^2 \nabla \rho_1 - \rho_0 \nabla \Phi_1 \end{aligned}\]

これより

\[\rho_0 \frac{\partial \mathbf{v}_1}{\partial t} = - C_s^2 \nabla \rho_1 - \rho_0 \nabla \Phi_1 \tag{7}\]

最後にポアソン方程式です。

\[\nabla^2 (\Phi_0 + \Phi_1) = 4\pi G (\rho_0 + \rho_1) \ \underbrace{\Longrightarrow}_{(3)} \ \nabla^2 \Phi_1 = 4\pi G \rho_1 \tag{8}\]

これらを整理します。(6)式の両辺をオイラー時間微分すると

\[\frac{\partial^2 \rho_1}{\partial t^2} + \underbrace{\rho_0 \nabla \cdot \frac{\partial \mathbf{v}_1}{\partial t} }_{= \nabla \cdot (7)} = - C_s^2 \nabla^2 \rho_1 - \rho_0 \underbrace{\nabla^2 \Phi_1}_{(8)} = - C_s^2 \nabla^2 \rho_1 - 4\pi G \rho_0 \rho_1 \tag{9}\]

のように、\(\rho_1\)の微分方程式としてまとめることができます。

分散関係式とジーンズ波長

ここで\(\rho_1 \propto e^{i(\omega t - \mathbf{k} \cdot \mathbf{x})}\)として1つのフーリエ成分に着目すると

\[\omega^2 \rho_1 = C_s^2 k^2 \rho_1 - 4\pi G \rho_0 \rho_1 \ \Longrightarrow \ \omega^2 = k^2 C_s^2 -4\pi G \rho_0 \tag{10}\]

となり分散関係式を求めることができます。\(\omega^2 < 0\)となるような不安定な波数は

\[k < \sqrt{\frac{4\pi G \rho_0}{C_s^2}} \equiv k_J = \frac{2\pi}{\lambda_J} \tag{11}\]

と求まります。特に\(\lambda_J\)をジーンズ波長(Jeans length)と呼びます。この波長より大きなゆらぎは自己重力が圧力の増加よりも大きくなり、重力収縮を起こします。\(\lambda_J\)程度の波長のゆらぎに含まれる質量を大雑把に球として考えると、ジーンズ波長を直径とする球の質量は

\[M_J \equiv \frac{4\pi}{3} \left( \frac{\lambda_J}{2} \right)^3 \rho_0 = \frac{\pi^{5/2}}{6} \left( \frac{\pi C_s^2}{G\rho_0} \right)^{3/2} \rho_0 \propto T^{3/2} n^{-1/2} \tag{12}\]

ここでは理想気体として\(C_s^2 = \gamma P_0 / \rho_0 \propto T\)、さらに粒子数密度\(n\)を用いて\(\rho_0 \propto n\)としました。\(M_J\)をジーンズ質量(Jeans mass)と呼び、自己重力により\(M>M_J\)の天体が形成されることを意味しています。ジーンズ質量は温度が低く高密度になるほど小さいため、重力収縮に伴う密度増加によりジーンズ波長が小さくなり、より小さな塊へと分裂することが知られています。これをflagmentationと呼びます。

直感的な理解

流体が自己重力によって収縮を始めようとするのを、圧力の増加(音波によって密度ムラを抑えようとする効果)によって食い止めることができれば、ジーンズ不安定性は起こらないと考えることができます。よってジーンズ不安定性が起こる条件として

\[\begin{aligned} &(重力により1点に集まろうとするのにかかる時間 (\mathrm{free \ fall \ timescale}) \tau_\mathrm{ff}) \\ & \qquad < (音波による振動で系全体の密度ムラを均一にならすのにかかる時間 (\mathrm{sound \ crossing \ timescale}) \tau_\mathrm{sc}) \end{aligned}\]

のように捉えることが可能です。それではフリーフォール時間スケールと、サウンドクロッシング時間スケールを大雑把に計算してみましょう。
半径\(R\)の位置にある流体要素が、それより内側にある質量\(M = \frac{4\pi}{3} R^3 \rho\)による重力を感じるとすると、その運動方程式は

\[\rho \frac{d^2 R}{dt^2} = - \frac{G \frac{4\pi}{3} R^3 \rho}{R^2} \rho\]

です。ここで時間微分を\(d/dt \simeq \tau_\mathrm{ff}\)のように、系が時間発展する典型的な時間スケールの逆数と大雑把に考えると

\[\frac{R}{\tau_\mathrm{ff}^2} \simeq \frac{4\pi }{3} R G \rho \ \Longrightarrow \ \tau_\mathrm{ff} \simeq \sqrt{\frac{1}{G\rho}} \tag{13}\]

となります。大雑把な議論なので、\(\frac{4\pi}{3}\)などの係数は無視しました。これは密度が濃いほど\(M = \frac{4\pi}{3} R^3 \rho\)が作る重力が強くなり、落下するのにかかる時間が短くなるという直感に一致します。続いて圧力のみが存在する場合の運動方程式を考えると

\[\rho \frac{d^2 R}{dt^2} = - \nabla P\]

となります。ここで時間微分を\(d/dt \simeq \tau_\mathrm{sc}\)、そして空間微分を典型的な空間スケールの逆数\(\nabla \simeq 1/R\)のように近似すると

\[\frac{R}{\tau_\mathrm{sc}^2} \simeq \frac{1}{\rho} \frac{P}{R} = \frac{C_s^2}{\gamma R} \ \Longrightarrow \ \tau_\mathrm{sc} \simeq \frac{R}{C_s} \tag{14}\]

ここでも\(\gamma\)などの係数は大雑把な議論として無視しています。音速が大きければ、音波が系を横切るのにかかる時間が短くなるという直感に一致した結果を得ていることがわかります。
先程の議論より、ジーンズ不安定性が成長する条件は

\[\sqrt{\frac{1}{G\rho}} < \frac{R}{C_s} \ \Longrightarrow \ R > \sqrt{\frac{C_s^2}{G \rho}} \simeq \lambda_J\]

のようになります。細かな定数などを除けば、先程の厳密な線形解析と同じ結果を導くことができているとわかります。

大雑把な計算

実際にジーンズ質量がどの程度か見積もってみましょう。まずは音速を計算します。

\[P = n k_B T = \frac{\rho}{\mu m_p} k_B T\]

より音速は

\[C_s^2 = \frac{\gamma P}{\rho} = \frac{\gamma}{\mu m_p} k_B T = \frac{\gamma}{\mu m_p c^2} c^2 \underbrace{k_B 10^4}_{\sim 1 [\mathrm{eV}]}\left( \frac{T}{10^4 [\mathrm{k}]} \right)\]

ここで水素分子ガスを考えましょう。1つの粒子で水素原子2つ分の質量を持つため、平均分子量は\(\mu =2\)です。また分子による放射冷却が効いており、等温であると仮定します。すると\(\gamma=1\)です。 さらに物理定数として\(m_p c^2 = 940 \mathrm{MeV}, c = 3 \times 10^{10} [\mathrm{cm/s}]\)を用いると

\[C_s^2 = \frac{9 \times 10^{20}}{2 \times 940 \times 10^6} \left( \frac{T}{10 [\mathrm{K}]}\right) \times 10^{-3} \ \Longrightarrow \ C_s \simeq 0.2 \left( \frac{T}{10 [\mathrm{K}]}\right)^{1/2} \ [\mathrm{km/s}] \tag{15}\]

のようになります。次にジーンズ質量

\[M_J = \frac{\pi^{5/2}}{6} \lambda_J^3 \rho = \frac{\pi^{5/2}}{6} \frac{C_s^3}{G^{3/2} \rho^{1/2}}\]

を計算しましょう。このとき

\[\rho = \mu m_p n = 2 \times 10^4 m_p \left( \frac{n}{10^4 [\mathrm{cm}^{-3}]}\right)\]

と、さらに物理定数\(G = 6.67 \times 10^{-8} \mathrm{cm^3/g/s^2}, m_p = 1.67 \times 10^{-24} \mathrm{g}\)を用いれば

\[M_J \simeq 3 M_\odot \left( \frac{n}{10^4 [\mathrm{cm}^{-3}]}\right)^{-1/2} \left( \frac{C_s}{0.2 [\mathrm{km/s}]}\right)^3 \tag{16}\]

となります。水素分子ガスの場合、太陽質量程度のガスが収縮可能であるとわかります。ここから、水素ガス分子雲は3太陽質量程度の星形成に適した場所であると示唆されます。

応用: 輻射優勢期の宇宙でのゆらぎの成長について

注意: 以下の議論はかなり大雑把です。厳密には宇宙論的な流体方程式から出発する必要があります。

(11)式より

\[k_J^2 = \frac{4\pi G \rho}{C_s^2}\]

で表されます。曲率が無視できる宇宙(\(K = 0\))でのフリードマン方程式

\[H^2 = \frac{8\pi G}{3} \rho\]

です。ここで\(H = \dot{a} / a\)はハッブルパラメータです。この2式を用いて\(\rho\)を消去すると

\[k_J^2 = \frac{3H^2}{2 C_s^2} \ \Longrightarrow \ \lambda_J \simeq \frac{C_s}{H}\]

今は輻射優勢期を考えているので、光子気体の状態方程式より

\[P_\gamma = \frac{1}{3} \rho_\gamma c^2\]

より、この媒質中での音速は

\[C_s^2 = \frac{dP_\gamma}{d\rho_\gamma} = \frac{1}{3} c^2\]

以上より

\[\lambda_J \simeq \frac{c}{H} = \ell_H\]

と求まります。これはハッブル長と呼ばれる量であり、ハッブル時間\(1/H = a/\dot{a}\)の間に光が伝播することができる距離です。通常であれば\(\lambda_J\)より大きなスケールのゆらぎが成長しますが、光速度よりも速く情報は伝播できないため、輻射優勢期の宇宙では\(\lambda_J\)より大きなスケールのゆらぎとはいえ成長することができません。よって輻射優勢期は構造形成が行われないことがわかります。

注意: 実際にはダークマターゆらぎが成長し、その後を追うように物質ゆらぎが成長します。これらを厳密に特には、やはり相対論的な流体方程式を解く必要があります。

参考文献

[1] 観山正見, 野本憲一, 二間瀬敏史, “天体物理学の基礎I”
[2] 福江純, 和田圭一, 梅村雅之, “宇宙流体力学の基礎”
[3] 井上剛志, “分子雲衝突による大質量星形成”
[4] 辻川信二, “入門 現代の宇宙論”


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