Table of contents
  1. 表面元素組成の構造進化に伴う変化
    1. CNO元素組成
    2. リチウム組成
    3. 参考文献

表面元素組成の構造進化に伴う変化

CNO元素組成

主系列段階とそれ以降に起こるCNOサイクル水素燃焼により、内部でのCNO元素の組成比が変化します。 恒星が赤色巨星になると、かつてCNOサイクルが起こるほど高温だった物質が、深い対流外層に取り込まれて混合されます。 これにより、表面のCNO元素組成比に変化が起こります。
次の図は、\(1.25M_\odot\)の恒星が主系列進化を終え、HR図上で赤色巨星の底となる段階(巨星枝に沿って光度を上昇させ始める前の段階で対流外層はまだ深くまで侵入していない)での内部の元素組成の分布を表したものです。

横軸は全質量\(M_\ast\)で規格化された質量座標、縦軸は質量含有量の対数値を表しています。 水素がほとんど減っていない層でも、\({}^{12} \mathrm{C}\)が元あった量の1/100程度に減少し、\({}^{14} \mathrm{N}\)は元の量の5, 6倍になっています。 また\({}^{12} \mathrm{C} / {}^{13} \mathrm{C}\)比が表面では100程度ですが、内部では5, 6程度になっています。 さらに内部の水素が大きく減少している層では\({}^{16} \mathrm{O}\)も減少し、\({}^{14} \mathrm{N}\)の量が大きくなっているのがわかります。
次の図は、\(1.25 M_\odot\)の恒星表面での\({}^{12} \mathrm{C} / {}^{14} \mathrm{N}, {}^{12} \mathrm{C} / {}^{13} \mathrm{C}\)の各比が、恒星の進化(光度が大きくなる)に伴って変化する様子を表したものです。 線は理論モデルの結果、丸印は古い散開星団の1つであるM67に属する恒星の観測値を表します。

特に実線は標準進化モデル(対流層以外では混合は起こらないとするモデル)をベースに計算されたもの、他の線は対流外層の底からのオーバーシューティング(他の層への対流の食い込み)の起こる度合いを変えたモデルから計算されたものを表しています。 \({}^{12} \mathrm{C} / {}^{14} \mathrm{N}\)比の減少が起こり始める光度についての観測との比較では、対流外層の底からのオーバーシューティングはある程度あったほうが良いようにも見えます。 M67の赤色巨星表面の\({}^{12} \mathrm{C} / {}^{13} \mathrm{C}\)比は、進化モデルの予想値と良い一致を示しています (黒丸はヘリウム燃焼段階にあるクランプ星で、通常の赤色巨星よりも進化が進んだ段階の恒星です。) しかし\({}^{12} \mathrm{C} / {}^{14} \mathrm{N}\)比については、観測値が予想値に比べて小さい傾向にあります。 これを解決するには、表面からの質量放出が重要という説もあり、いまだに議論がされています。

リチウム組成

次の図は、恒星表面に観測されるリチウム含有量(リチウム原子数-水素原子数を重元素含有量(\([\mathrm{Fe / H}] = \log (N_\mathrm{Fe} / N_\mathrm{H}) - \log (N_\mathrm{Fe} / N_\mathrm{H})_\odot\)))に対して描画したものです。

各重元素含有量に対するリチウム含有量の最大値は、[Fe/H]が減少にするにつれて小さくなっていきますが、[Fe/H]の値が十分小さいところではその値がほぼ一定になっています。 これをSpiteプラトーと呼ぶこともあります。 これは、リチウムが宇宙ビッグバン元素合成、そして銀河系形成後に恒星内部で作られることを表しています。
[Fe/H]の値が十分小さいところでの値は、ビッグバン元素合成から作られるリチウム量を表しており、宇宙のバリオン密度を決定するのに重要です。 図の緑点で表されるように、リチウム含有量がある[Fe/H]に対して大きく分散しているのは、次のように理解することができます。 リチウムは比較的壊れやすい原子核で、\(T > \sim 2.5 \times 10^6 \mathrm{K}\)で

\[{}^7 \mathrm{Li} + {}^7 \mathrm{H} \ \longrightarrow \ 2 {}^4 \mathrm{He}\]

の反応が起きます。 これにより進化の時間スケールよりも短い時間でヘリウムに変えられてしまうため、恒星の十分内部ではリチウムは存在しません。 深い対流外層を持つ恒星では、リチウムが存在しない層を対流層に取り込み混合しているため、対流層の深さが深くなるほど表面のリチウム含有量が減少します。 また対流層が非常に深く、その底の温度が\(\sim 2.5 \times 10^6 \mathrm{K}\)以上になっている場合は、対流層内でリチウムが壊されます。 表面重元素含有量に対して種々の表面温度を持つ恒星、すなわち種々の深さの表面対流層を持つ星が存在するため、[Fe/H]-Li図の縦軸方向の分散が生じると説明できます (重元素含有量が少ない星でその分散が小さいのは、Li組成の最大値を得るために対流層による混合の影響のない、表面温度の高い星が選択的に観測されたデータが描画されているためと考えられます。)
対流層の深さと表面リチウム組成の関係は、主系列星の表面リチウム組成を表面温度に対して描画したグラフから明らかになります。 この関係を年齢の異なる散開星団に対して描画したものが、次の図です。

この図で見られるように、表面温度が6000K以下の場所では、表面温度が低く対流外層が分厚い星ほど、表面リチウム量が少なくなっていることがわかります。
ヒアデス星団に対する図で、有効温度が6700K程度の星でリチウム含有量が少なくなっています。 これをLi-gap in F starsなどと呼びます。 このような恒星では有効温度が高いために表面対流層が非常に薄く、また自転速度も速くないため、外層が非常に安定した状態になっています。 この静かな環境では、分子拡散の影響が無視できなくなります。 リチウム原子は、水素・ヘリウム原子よりも重たいため、分子拡散により下方に沈んでいきます。 そのため、表面のリチウム含有量が減少します。 しかし有効温度が6700K以上になると、恒星内部からくる輻射による輻射圧を受けて沈めなくなり、表面のリチウム組成が大きくなります。 これら2つの効果から、約6700K程度で星の表面リチウム量が最小になると説明されます。 先程の図における実践は、標準的な進化モデル(対流層でのみ物質の混合が起こるモデル)から期待される関係を表しています。 ただしヒアデス星団に対しては、ヒアデスの重元素量が多いことを考慮したモデルの関係も記されています。 標準進化モデルでは、これらの星の対流外層の底の温度は、リチウムの陽子捕獲が効率的に進むほど高くはありません。 そのため、Li-有効温度の関係は恒星の年齢とともにはほぼ変化せず、対流外層がより深かった前主系列段階で主に形成されることを示しています。 しかし観測の結果は理論的な予想に反し、主系列進化の年齢とともに表面リチウム量が減少していくことを示しています。 またM67と同程度の年齢を持ち、表面温度が6000K程度の太陽の表面リチウム組成は、図の縦軸の単位で1程度の値をもち、明らかに標準進化モデルの結果とは異なっています。
観測から得られたLi-有効温度の関係を再現するためには、対流層以外の場所でも物質の混合を考慮しなければなりません。 そのような混合機構として、恒星の自転に伴い起こるゆっくりとした子午面環流 (meridional circulation)による混合と、対流外層の境界よりも下に対流運動がもれ出す overshooting による混合とが考えられています。
さらにヒアデスのLi-有効温度関係は分散が大きく、ある有効温度に対して自転速度が大きいほど大きい表面リチウム含有量をもつ、という傾向を示しています。 現在のところ、この自転速度-リチウム含有量関係に対する物理的な理由は判明していません。 この他にも、一般に対流層以外でのゆっくりとした混合の物理はよく理解されていないのが現状です。 下図は太陽の対流層の様子を、富嶽スーパーコンピュータを用いてシミュレーションしたものです。

パネル(b)を見ると、時計回り(実線)と反時計回り(破線)の子午面流が発生している様子がわかります。 子午面流が対流の底と表面近傍を周回することで、観測される表面の元素組成を変化させる可能性を持つことがわかります。

参考文献

[1] Prantzos, 2012, “Production and evolution of Li, Be, and B isotopes in the Galaxy”
[2] Jones et al., 1999, “The Evolution of the Lithium Abundance of Solar-Type Stars. VIII. M67 (NGC 2682)”
[3] Steinhauer & Deliyannis, 2004, “WIYN/Hydra Detection of Lithium Depletion in F Stars of the Young Open Cluster M35 and Implications for the Development of the Lithium Gap”
[4] Hotta, 2025, “Simultaneous construction of fast equator, poleward meridional flow, and near-surface shear layer in solar magnetohydrodynamic calculation”
[5] Kippenhahn, Weigert & Weiss, “Stellar Structure and Evolution”
[6] 野本憲一, 定金晃三, 佐藤勝彦, “恒星”


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